原文彦は、ただ者ではないぞ!

2012年11月1日更新


殻を打ち破れ129回

 ♪あんた死ぬまで 一緒がいいと こおろぎみたいに おんなは泣いた…

と来た。僕はガツンとショックを受ける。こおろぎ? その鳴き声って一体? などと、理屈をこねる必要はない。胸を衝かれた表現と酔い心地なら、素直にそのまま受け止めればいい。

美川憲一の新曲『金の月』で、作詞は原文彦とある。なじみのない名前だな…と思いながら、改めて聞き直す。畳に転がる徳利、風呂の湯があふれるままの男女のからみ合い。相当に濃密な情景の中に、冒頭の女がいる。燃やし燃やされてそのまんまのツーハーフ、歌い収めは、

♪だめよ駄目駄目 あんたでなけりゃ こおろぎみたいに おんなは泣いた…

である。僕は正直トドメを刺された気分になった。

痴態を歌って下卑にならないのは、書き込まれたディテールのせい。金の月が「貼り絵」みたいだったり「居待ち」だったり、小道具が「徳利」「風呂の湯」のほかにも「鹿おどし」「夢二の絵」など。難を言えば言葉が多過ぎて、ゆるみたるみがないことか。

そんな8行詞に弦哲也のメロディーが、うまい具合いに“すき間”も作る。アレンジは小じゃれた川村栄二で、美川の歌はのったりと、演歌っぽくない演歌仕立て。長くシャンソンも歌って来た“歌のつかまえ方”が生きていそうだが、不思議な三位一体である。

急に思い出す。原文彦の名は、北島三郎の近作『職人』でも見た。聞けば四国・香川在住の人で、社会科の教師をやり、近ごろは小学生相手に空手の指南。60歳前後の実直タイプという。レコーディングしたのが一年ほど前。歌の文句じゃないがどうやら「出待ちの曲」で、美川の独立騒動で出番が来たのかも知れない。危うく、宝の持ち腐れになるところだったじゃないか!

このところ僕は、決まりきったフレーズごっこの、類型演歌だくさんにうんざりしている。もともと新聞屋の新しいもの好き。意表を衝く発想、斬新な切り口や構成、表現などに、敏感に反応する。なかにし礼や阿久悠の登場に、驚倒した昔を懐かしがって、近ごろはやや慢性の刺激飢餓状態に陥っていた。

≪しかし『金の月』一作で、あの天才二人を引き合いに出すのは、いかがなものか≫

とは思う。そうは思いながらやっぱり、この一作に逆上する。出来るだけ大勢の人の耳に届ければ、必ずその心を動かすだろう。野に賢人ありだ!と、僕の悪ノリは止まるところを知らない。

『アッと言わせろ!』を金科玉条に、僕は40年以上新聞づくりをして来た。そのつもりでも奇をてらうばかりでは、読者に見透かされて逆効果を生む。アッと言わせる刺激作戦は、記事の完成度の高さが不可欠で、これなしでは説得力を持てはしない。

原文彦の健筆に期待する。四国か、ら停滞の東京を望見して、紙つぶてを打ち込んだらいい。堅持すべきは高い志と衰えぬ情熱。空手の師範なら、闘いぬくことは得意のはずだ。

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