君は船橋浩二の『雪国の女』を聞いたか?

2013年4月13日更新


殻を打ち破れ133回

居酒屋「けい」で飲んだ。名古屋城近く、又穂町という住宅街にポツンとある店。逆L字型のカウンターに、テーブル席が三つほどの規模だが、地元の常連客で賑っていた。美人ママの愛想と、おいしい酒の肴のあれこれが人気なのか。僕らに乞われて歌いはじめるのは船橋浩二という歌手で、ママのだんなだ。
 曲は『雪国の女(ひと)』である。船橋の名刺には「遠藤実作品、不朽の名曲」と刷り込まれている。昔々、春日八郎がアルバムの1曲として歌った。それに惚れ込んで40年、夢を果たした彼が、クラウンでCDにしたのは3年前の10月で、旧知の僕がその縁結びをした。
 ♪幸せになりたいと ふるえるふるえる唇で 昔を語り泣いた目の 目元に春よ早く来い…
 北国の宿で出会った女を回想する男唄。それを船橋がきっちりと歌う。情感ごと抑え気味の高音とよく響く中低音、さりげない小節回しと語尾までおろそかにしない律儀さ。息づかいごと吐き出す感情には、胸いっぱいの思いのたけの、量感と奥行きがある。
 実は、船橋と僕は年こそ大分違うが同期生である。昭和38年設立の日本クラウン第一回発売盤の中に、彼の『俺だって君だって』があった。僕はこの年スポーツニッポン新聞の音楽担当記者になる。クラウンは今年50周年、船橋の歌手生活も僕の雑文屋暮らしも、はばかりながら50周年の勘定になる。
 デビュー当初から、歌がうまかった。やんちゃな性分からか、歌をはみ出す覇気もあった。西郷輝彦や水前寺清子らに続く「クラウンの星」として将来を嘱望されたが、船橋はいつのころからか第一線から消えた。
 「ちやほやされて、テングになったんです。まだ10代でしたから…」
船橋が苦笑いで往時を語る。金が入って競馬に熱中、新宿の場外馬券売り場で馬渕玄三プロデューサーに見つかり、大目玉をくらった。「ここなら大丈夫!」と、鞍替えした錦糸町で、また馬渕氏に出っくわす。馬渕氏は五木寛之の小説に「演歌の竜」として登場する伝説の人である。大物に勘当されたのが運のつき。北島三郎から声がかかり、前唄暮らしもしたが長続きせず、以後はずっと“巷の歌巧者”の日々…。
 『雪国の女』のカップリング曲は『みちくさ人生』で、船橋が鳥山浩二の名で作曲、あたためていた作品である。夢にはぐれた路地裏暮らしの歌詞(みずの稔)が、彼の半生に重なるせいか、船橋の歌は感情が濃いめで、少し生々しくなる。古巣再デビュー後、船橋は目をかけてくれた北島にあいさつ、恩師馬渕玄三と作詞作曲した遠藤実の墓を訪ね“これから”の奮闘を誓った。
 僕は1、2月、名古屋・御園座の「松平健・川中美幸合同公演」に参加していた。その楽屋をしばしば訪ねて来たのが船橋で「店へ是非!」という話になった。同行したのは年下だが先輩役者の西山清孝、真砂皓太と若手女優の小林真由で、三人とも船橋の年季の芸に陶然とした。傍らで目を細めていたのは船橋の中川マネージャー。僕はこの初老コンビの、人生の苦渋と見果てぬ夢、キャンペーンに没頭する憑かれ方に、しばし粛然とした。


<データ>

『雪国の女』

作 詞:遠藤 実

作 曲:遠藤 実

編 曲:南郷達也

発売日:11年10月26日

発売元:日本クラウン

品 番:(CD)CRCN-2445

(CT)CRSN-2445

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