いい歌、遠方より来たる!

2014年1月14日更新


殻を打ち破れ140回

 「10月はじめに送ったのが戻って来た。住所を調べ直してまた送る。ごぶさたしていて申し訳ない」

 旧知の人から、そんな手紙つきのCDが届く。扇ひろ子の歌手生活50周年記念盤『酔いどれほたる』である。 ふっと胸に、温かい風が吹いた。扇とはデビュー当時からの知り合い。郵便物の差出し人藤田進さんとも、そのころからのつき合いで、いろいろお世話になった。懐かしさがダブルだ。

 「80才を迎えた年の、最後の仕事と思ってプロデュースした」

 と、藤田さんの文面にある。

 ≪そうか、元気な証拠、お達者CDか≫

 と、そんな思いで新曲と向き合う。小野田洋子作詞、岡千秋作曲、池多孝春の編曲で、前奏からいきなりサックスのソロ。これまた懐かしい昭和テイストである。あの年号の30年代後半から40年代に、吉田正が一時代を作った都会調歌謡曲の流れか。

 ♪酔って肩寄せ 口説かれりゃ 素直になって 抱かれたわ...

 過去の恋を思い返す未練の女心ソング。舞台は北のはずれの居酒屋で、窓の小雪や見送った列車がひきあいに出る。近ごろよくあるひなびた酒場唄を、都会調のムード演歌に仕立てたのは、藤田さんの狙いか、岡千秋のアイデアか。

 聞きながら僕も、あのころに戻る。扇と初めて会ったのは『赤い椿の三度笠』でデビューした昭和39年前後。原爆直後の広島の生まれと育ちで、16才で藤田さんと出会い、高校を卒業して藤田家に引き取られ、チャンスを待った。当時人気があったテレビドラマ「琴姫七変化」に出た話を聞いた記憶がある。それが一緒にひとやま踏む形になったのは、3年後、彼女の出世作の『新宿ブルース』のPRで相談に乗ってのこと。

 「ヒット祈願の水ごりをさせよう。白の襦袢で滝の水を浴びる。伝わるのは本人の決心、おまけはあらわになる女体。週刊誌のグラビアは、このエロチシズムにとびつくよ」

 面白い!と悪乗りしたのはコロムビアの宣伝マン市川某で、激怒したのは作曲者の和田香苗。その説得も頼まれて僕は力説した。

 「いくらいい歌が出来ても、それだけではせいぜいコラムのネタ。話題をより大きくするポイントは、レコードの"モノ"を歌手の"ヒト"に切り替えて、クローズアップすることでしょう!」

 僕は当時勤め先のスポーツニッポン新聞で、そういうネタづくりに腐心していた。歌った人、作った人、それを取り巻く人間関係...。百鬼夜行の歌謡界には、掘れば面白いエピソードが山ほどあった。扇の場合は極端な例だが、幸いなことに読者の反応が、歌のよさにつながってヒットした。

 ≪変わらないな彼女、偉いもんだ≫

 改めて聞いた扇の新曲は、表現が率直で、歌の思いがまっすぐに伝わって来た。ベテランにありがちな声や節への頼り方がなく、崩れも汚れもない。響いて来るのは50周年の初心と覇気か。

 ≪いい仕事をしましたね≫

 僕は藤田さんへの返信の思いもこめて、この原稿を書いた。手紙には「一度食事でも」の誘いがあったが、住所が都下東村山市である。都心へご老体をわずらわすことには、ためらいの方がどうしても先に立つのだ。

月刊ソングブック