『祇園のおんな』で高田ひろお還る

2014年6月3日更新


殻を打ち破れ144回

 ♪笑顔はんなり おもてなし...

 と来た。昨年の流行語が歌詞に埋め込まれているが、連想するのはあの人気キャスターではなく、川中美幸の笑顔だ。僕は3月、大阪の新歌舞伎座に居る。2月の明治座から引き続いて「松平健・川中美幸特別公演」に出演してのこと。冒頭の歌詞は川中の新曲『祇園のおんな』の一節で、彼女はショーで毎回これを歌う。僕は楽屋でもう何十回もこれを聴いている。

 聴くともなしに聴いている歌が、いつか脳裡にしっかり刷り込まれている体験を、大勢の歌好きが持っていよう。その多くが少年時代から青春期の出来事。そういう経験が僕を歌謡少年にし、長ずるにおよんで流行歌評判屋にした。しかし、まさか70才を過ぎて、そんな若いころの習慣が戻って来ようとは思っていなかった。川中と彼女が所属するアルデルジローの我妻忠義社長から声がかかっての舞台役者暮らし。もう8年めになる好遇がそれを可能にした。彼女は公演ごとに新曲を歌う。その都度僕は楽屋でその歌を覚え込む。その間一体何曲を、何十回ずつ聴いた勘定になるのだろう?

 ≪うん、高田ひろおの詞に弦哲也の曲、前田俊明の編曲か...≫

 『祇園のおんな』で、3人の友人の顔を思い浮かべる。弦と前田は仲町会のお仲間。川中の作品の常連でもある。高田は星野哲郎門下生の桜澄舎のボス格。星野の生前から親交があるが、他人に紹介する時は、

 「あの、"およげ!たいやきくん"を作詞した...」

 が、決まり文句だった。それがこのところ演歌の世界に還って来た。ちょっと前に佐々木新一に『柳葉魚』というのを書いて、

 「タイトルが読めないという人が居てねぇ...」

と、苦笑していた。

「ししゃもって、釧路あたりじゃ、川をのぼって来たんだ...」

と、僕は彼の歌詞で新発見をした気分になったものだ。

 『祇園のおんな』は各コーラス、歌い出しの2行で京都の景色を見せる。花見小路、宵山、大文字、花灯路、花街などがキイ・ワード。その2行めのお尻で女のたたずまいを見せ、おもてなしは1番が「心ばかりの...」で、2番が「涙かくして...」で、3番が「笑顔はんなり...」と心情が変わる。京の女の心の揺れ方を、5行詞3節で描いて簡潔。いかにも星野の流れを汲む人らしい仕事ぶりだ。

 カップリング曲『お吉情話』も同じトリオの作品。おなじみのお話を

 ♪伊豆は雨ふる 下田は荒れる...

 という風景の中に据えて、すっきりとした川中版だ。これを彼女は切々とドラマチックに歌い、『祇園...』の方は、歌唱もそれこそはんなりといい雰囲気。

 「う~ん、いいねぇ...」

 と、しみじみするのは、芝居で共演する殺陣の剣友会の面々。みんな京都撮影所の育ちだから、思い返す祇園のひとがいるのかも知れない。

 ≪高田ひろおなぁ、花京院しのぶの新曲を頼んでみるか...≫

 二足のわらじの老優、楽屋での忙中閑の思いつきである。

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