君は『人生(ブルース)』を聞いたか?

2017年1月29日更新


殻を打ち破れ181回

 母親が男を追って家を出た。捨てて行かれた娘から見れば、相手は父とも呼べぬどうしようもない奴だった。氷雨降る日に彼女は、そんな母を思い出す。別れた町角、娘は出奔する母をそこまで追ったのだろうか?

 長保有紀が、キャラと声味に似合いのいい作品をもらった。『人生(ブルース)』だが、その歌い出しのお話。作詞はもず唱平、作曲は弦哲也、編曲は前田俊明。

 ≪ほほう...≫

 と、僕は聞き耳を立てる。長い親交のあるもずが、久しぶりに彼らしい詞を書いたことに、胸が揺れた。

 母との思い出が二番に来る。運動会で親子の二人三脚、何度も転び皆が笑った。指さされたのは母のペディキュア、その一言に母子の暮らし向きがちらりとする。二人はビリでゴールするが、そんなことはどうでもいい。娘は母と走れたことが、ただ嬉しかった――。

 もず唱平のデビュー作は釜ヶ崎人情』で関西の日雇い労働者が主人公。歌の背景には、昭和の高度経済成長期に、おちこぼれた男たちが生きる貧民街が置かれていた。出世作は『花街の母』で、子持ちの芸者が主人公。人に聞かれれば娘を、年の離れた妹と偽る毎日。それだからこそ、たとえひと間でもいい、母と娘の暮らしが欲しい...と言う親心が沁みた。

 『釜ヶ崎人情』は、話題作どまりに終わる。『花街の母』は、子持ちの芸者の歌など、誰が喜んで聞くか!歌うか!と、総スカンだったが、歌った金田たつえが地を這うような宣伝活動を3年、人気曲に育てた。昨今、演歌歌手が懸命なキャンペーンという名のCD行商を、最初にやったのが金田かも知れない。

 その後もず唱平は大阪を拠点に、成世昌平の『はぐれコキリコ』を始めたくさんのヒット曲を書き、関西出身の歌手たちの相談相手としても重きを成す。それなのに『人生(ブルース)』の詞が、何で久しぶりに、彼ならではと思えるかと言えば

 ♪他人の飯には棘がある 鬼さんこちら さァこちら...

 と、3番に出てくるヘンな文句の子守唄。それを聞いて育った娘は、物心ついてから思い出しては泣いた。母の来し方行く末にまつわる一節、娘は母の胸中を推し量る年ごろを迎えているのだ。

 「辛気くさい歌ばかり書くねぇ」

 と昔、冷やかし気味に言った僕に、

 「未組織労働者の歌ですわ」

 と、もずがニコリともせずに答えたものだ。低辺の人々の苦哀を描きながら、彼の詞の眼差しは温かく優しく、独特のシンパシーを伝える。多くの作詞者が演歌の3番に書く「明日を夢見る」式の安易さは採らない。

 どうやら似たように不幸せな気配の娘は、だから、

 ♪きっとどこかの酒場の隅で 今夜もあのひと 歌ってるだろ...

 とこの歌を締めくくる。嘆きも恨みもせずに、彼女はその子守唄をキイワードに、母をしのぶのだ。

 相手が男のお話だったが、娘心を鮮烈に描いた阿久悠の『ざんげの値打ちもない』を1970年版とすれば、もずの『人生(ブルース)』は、時代と世相が変わって、その2017年版。作曲した弦哲也が「強い刺激を受けた」と言うはずである。

月刊ソングブック