岡山の松原徹の意欲と 親友前田俊明の遺作...

2020年10月3日更新


殻を打ち破れ225

 季節はずれだが、雛祭りの話である。面白いことに"五人囃子"の面々はロックにドップリ。白酒に飽きた"右大臣"はハイボールを試飲、"内裏様"と"お雛様"はトップの座から、一番下の段に降りてのんびりしてみた。結果気がついたのは、決められた役割が全員にあって、それを無にすると七段飾りが崩れてしまうことだ。

『七段飾り』という歌。歌と演奏は松原徹とザ・ブルーエレファントで、教訓ちらりの童謡ふうだが、これがロック仕立てだから面白い。岡山在住のグループで、地元のRSKラジオの「朝耳らじお5.5」という番組で「今月の歌」を作ってもう10年になると言う。

その中から好評の5曲を選んでCDを作った。『七段飾り』のほかはカエルやホタル、かたつむり、へびなどがそれぞれの生きざまをブルースで語る『6月の歌』、いじめや差別を見据えたフォーク調の『2がつがきらいなオニ』、みんなの応援歌の『勇気 やる気 元気』、未来を語るバラード『この川の向こうには』など。

大阪に僕が関係する「詞屋(うたや)」というグループがある。独自の歌謡コンテンツづくりで、関西から東京一極の歌状況に一矢報いようと、試作集のアルバムをもう2枚も作った。松原はそのメンバーで、詞・曲・編曲・歌もやる。会のボス大森青児の詞の『おやじの歌』や作詞作曲した『哀しみは突然に』などを聞いて、フォークや歌謡コーラス系の人と思っていた。

ところが、届いたアルバムがこれである。『6月の歌』だけ名畑俊子の詞だが、他は詞曲歌ともに松原。童謡と受け取られそうな題材だが、子供にもよく判るメッセージがちゃんと歌い込まれている。

 ≪それにしても、よくやるわ...≫

 と感じ入るのは、松原の歌の伝え方。今年還暦の思慮も分別もある男が一心に率直に歌う。子供の目線と自分の目線が同じ気配で、子供受けを狙う技や媚びなど全くない。至極大真面目で、これが「オトナの男の初心」なのか?

 若いころ東京へ出た歌手志願である。歌社会の片隅であれこれ見聞、志得ぬまま岡山へ戻った。当初は演歌、やがてグループサウンズやフォークを体験したろう年代だ。そんな色あいが、今度のアルバムの曲想に出ている。地元へ帰って歌いはじめるのは、よくあるケース。僕にも浜松で大を成した佐伯一郎、埼玉で再びメジャー挑戦の新田晃也、東北にいる奥山えいじ、四国で踏ん張る仲町浩二、北陸の越前二郎ら、友人が多い。僕はテレビで名と顔を売る全国区型だけが歌手とは思っていない。それぞれの地元で、ファンと膝づめで歌い暮らす地方区型も、無名だが立派な歌手ではないか!

 ところが松原は、それだけに止まらなかった。平成12年、40才の時に立ち上げたのが、特定非営利活動法人「音楽の砦」で、音楽を通して青少年の健全育成、高齢者の生活環境の向上、地域文化の発展を目指す。拠点は彼の事務所トコトコオフィス。具体的には高齢者対象の音楽セッション、講演や講座、企業の職員研修のためのボイストレーニングなど山盛り。今年はコロナ禍で思うに任せないが、そんな活動があってこそあの歌たちも生まれたのか?

 そんな松原を「そんな偉い人の...」とあわてさせた事がある。売れっ子アレンジャー前田俊明の作品の編曲を頼んだ時だ。詞屋のメンバーの杉本浩平作詞の『古き町にて』で、大病で療養中だった前田に気分転換用として曲づくりをすすめた作品。一つの詞に3パターンの曲が届いたが、そのうちのBタイプを採用した。詞屋は歌は作るが歌手難である。乞われればすぐその気になる僕が歌ってアルバム第2作『大阪亜熱帯』に収められた。

 前田が亡くなったのは今年の4月17日。『古き町にて』がおそらく、彼が作曲した唯一の歌と思うと、不思議な縁と長い友交に今も胸が熱くなる。

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