新歩道橋1115回

2021年11月20日更新



 横並びにギターを抱えた作曲家の弦哲也、徳久広司、杉本眞人が居る。その向こうのピアノ前には岡千秋が居て、それぞれが弾き語りをやる。場所はこじゃれたナイトクラブの一隅で、彼らは1曲ごとにキイを確認、短めのジョークも交わす。4人が合奏、各人が1曲ずつ歌う趣向で、曲目は徳久が「雨の夜あなたは帰る」杉本が「真夜中のギター」岡が「黒あげは」で弦が「夫婦善哉」…。
 めったに見られぬ情景を、女連れの僕は、グビリグビリとグラスを傾けながら堪能する。それぞれがお気に入りの楽曲を自在に歌うのが弾き語りの妙味。人柄や年の功までが歌声ににじむのだ。熱心な歌謡曲ファンなら気づかれようが、歌われた4曲はみな亡くなった作詞家吉岡治の作品。歌う4人の間にはアクリル板の衝立があって…と書けば、熱心なテレビ番組の視聴者なら、ああ、あれか…と気づかれよう。実はBSフジの人気特番「名歌復活」最新版の録画風景で、僕が飲んでいるのはウーロン茶。もっともナイショでスタッフが仕込んでくれたのか、アルコール分の匂いが心なしかかすかに…。
 この番組、一発勝負の企画が「好評につき続編を…」となってもう5年、今回が9本めとなった。ヒットメーカーの4人が、それぞれの自信作や埋もれた佳作を歌い、敬愛する先輩作家たちが残した昭和のメロディーを歌い継ぐ。原則フルコーラスで、時に楽曲交換のお遊びもある。ちなみに僕の役柄は「聞き手」で、女連れと書いた相棒の松本明子は「進行」と、台本にある。
 「あの妙に威張っているじいさんは何者なんだ?」
 と、オンエア当初、杉本は知人に聞かれたそうな。それはそうだろう、番組中の僕は杉本を呼び捨て、弦を弦ちゃん、徳久を徳さん、岡を岡チンである。スポーツニッポン新聞の記者時代から〝はやり歌評判屋〟を自称する今日までの、彼らとの親交がそのままで、そのうえしばしば昭和歌謡の知ったかぶりじいさんの言動をはさみ込むせい。
 「で、俺を何と説明したのよ」
 と杉本に聞いたら、
 「しょうがねえんだよ、行きがかりでな…と言うしかねえだろ」
 と笑ったものだ。
 吉岡作品のコーナーでは当然みたいにあけすけな話が出て来た。人呼んで「ごちそうおじさん」意中の女性に出会う都度、ごちそう攻めにするさまを、彼らは見ていた。
 「それがね、なかなかフィニッシュまで行けないのよ」
 「結局タネを蒔くばかりだけど〝その後〟を妄想して歌を書いてたんだな」
 「自称〝孟宗竹〟の昇華が見事でさ、書き上げた世界は〝後ろ向きの美学〟」―。
 売り出し前の若いころ、彼らは盛り場に蟠踞、歌を語り時代を語ってケンケンガクガク、さながら新宿梁山泊の連夜を過ごした。その中で演歌を書く意味や意義を自問していた吉岡は、時に逆上したような蛮声で歌った。
 〽生まれ在所は長州江崎、腕は二流の艶歌書き、なにが不足で盛り場ぐらし、家にゃ女房子供が待つものを…
 田端義夫の「大利根月夜」の替え歌である。
 今回は番組で、岡と杉本がヒット曲を交換した。杉本が歌う「紅の舟唄」はブルース仕立てで、あの乱暴な口調がゆったりたっぷりめ。最上川のどこかを、風に吹かれて流れる風情があった。岡が歌った「吾亦紅」は主人公の雰囲気がなぜか漁村青年ふう。元歌の杉本の都会の青年ふうたたずまいと対比して、野趣に富んだのが愉快だった。
 弦は石川さゆりでヒットした「飢餓海峡」の情念を女唄仕立てで。歌詞の、
 〽連れてって―…
 の部分の歌声が、かぼそくしなり、糸を引いてふるえるのを、杉本が、
 「あそこがきっちり女になってたねえ」
 と論評する。
 徳久は22年ぶりに陽の目を見た高倉健の「対馬酒歌」を初披露。荒木とよひさの詞を健さん気分で読んだら、ひとりでにメロディーが生まれた実情を語って、歌唱も健さんになり切りの語り口だ。
 岡の「黒あげは」は、作詞家星野哲郎のお供で20数年、一緒に出かけた北海道の漁師町・鹿部で、毎年夏に聞いてすっかりおなじみ。何度聞いてもグッと来るのは、吉岡の詞の哀切が岡のしわがれ声に生きるせいか。
 杉本はこの秋、人知れず逝った作詞者松原史明をしのんで、万感の「紅い花」を歌った。それやこれやの今回の「名歌復活」は、何と放送予定が来年3月5日である。作曲家4人のスケジュール合わせのむずかしさと、年度内制作の台所裏があってのことだそうな。