新歩道橋1119回

2022年2月11日更新


 
 《そうか、彼も今年1月で古稀を迎えたか。それにしてはジャケットの横顔写真、けっこう若く見えるじゃないか…》
 届いた花岡優平のシングル「恋ごころ」を眺めて、少し穏やかな気分になる。1月中ごろからずっと、東京や神奈川は好天続き。葉山のわがマンションの正面には、見本みたいな雪の富士山が鎮座していて、気温はとても低い。花岡はいつのころからか、故郷の大分・別府に戻って暮らしているらしい。
 「恋ごころ」と言っても昔々、越路吹雪、岸洋子、菅原洋一が競作した、あのシャンソンではない。あの時は岸が一人勝ちをし、僕は一敗地にまみれた菅原が、その無念をバネに「知りたくないの」で蘇生するのにかかわったものだ。
 花岡の「恋ごころ」は本人の作詞作曲。これも昔々彼が実弟の花岡茂らと組んだ〝音つばめ〟で歌っていたころの作品である。その後彼のソロアルバムに収められていたが、なぜか最近ユーチューブの動画再生で大モテ、それを機に吹き込み直しをして新装再発売となった。本人は
 「まるで奇跡が起こったみたい」
 と、驚いているそうな。
 僕が花岡と初めて会ったのは、作曲家協会で三木たかしが主導、僕が選考の座長の「ソングコンテスト」をやっていたころだから、これもずいぶん昔。彼の名前で思い出したのだろうが、
 「もしかしてお前さん〝音つばめ〟か?」
 と聞いたら、嬉しそうに肯いたものだ。そのころ「ガッツ」と「ヤングフォーク」の雑誌2冊が覇を競い、僕はフォークの連中の仕事ぶりについて、双方に書きまくっていた。アルバムを聞いての原稿で、会わないままの相手も大勢居り、音つばめもその一例だった。
 改めて新しい「恋ごころ」を聞く。思い届かぬ恋ごころを、一輪の可憐な花に託して歌う青春抒情ソング。かの人の心惑わす花になりたい、心安らぐ花になりたい、心惑わす花になりたい…と念じる優しげな詞に、フォークタッチのメロディーが甘い。後年、秋元順子の歌でヒットした「愛のままで…」に通じる、ロマンチックな歌謡曲性もあり、花岡の歌唱も熟して渋い。こんな時代だからこそこんなふうに、素直で心に染みる作品が、作者も知らぬ間に人々の心に浸透するのか。
 そのころソングコンテストでは、田尾将実、藤竜之介、山田ゆうすけらの作曲勢に、作詞家の峰崎林二郎らがグランプリを受賞、彼らと「グウ(愚)の会」を作って盛り上がった。協会のイベントで認められても、変化は曲の売り込みに行くとお茶が出るようになっただけだという。そんな狭き門に向き合う彼らの背中を押したい気持ちが強かった。
 あまり人と群れたがらない花岡を「孤立無縁」と書いたら、
 「そんなことはない!」
 と口をとがらせた彼の、生涯の相棒は弟の茂だった。それが大いに売れた秋元の所属事務所社長として奮闘する中で急死する。花岡の傷心は並みではなく、長い間交友も途絶えた。それがぶらりと僕が出演していた明治座に現れたのは、3年ほど前。
 「この際、世話になった人たちの顔を見ておこうと思ってさ」
 と、冗談とも思えぬ一言を真顔で言ったものだ。
 親交の間、花岡は福生や茨城に住み、鎌倉に居るかと思えば月島のタワーマンションで暮らした。演歌歌手を育てることに熱中、それが昂じて再婚するが、さしたる年月を経ずに離婚する。この件にも僕はかかわっていて、相手の歌手は僕が疎開した茨城の中学時代の球友の娘。父親がサードで僕はセカンドだった。彼女は昨今ステージトラックを武器に走り回っている川神あいだ。
 花岡は今月発売の北原ミレイにも作詞、作曲した「卒業」を書いている。田久保真見の詞がすっきりなかなかな「薔薇の雨」と両A面扱いだそうで、こちらは
 〽私は大丈夫よ、身軽に生活(くらし)ていく…
 と語る女主人公が
 〽あなたは大丈夫よ、自分の思うように…
 と相手をおもんぱかり、
 〽何にも気にしないで、卒業、二人の愛は…
 と、どうやらおとなのお別れソングだ。
 それやこれやで音信が絶えたりつながったりの花岡は「恋ごころ」のカップリングの「ヨコハマ」には、こんなフレーズをまぎれ込ませている。
 〽きっと人生は、愛する人を求めて漂流(さすら)う旅なのね…。
 花岡の近作からのぞいたときめく恋から、結婚、おとなの別れ…。どうやら〝愛の詩人〟の彼は、歌づくりにも似た遍歴を経て今、故郷別府で、彼なりの平穏な日々を獲得したのだろうか?