新歩道橋793回

2011年12月18日更新


  
 舞台中央に粋なやくざ姿の沢竜二、仇役の十手持ちと立ち回りがあって照明が変わる。その背後にセリで上がって来る捕り方数名、ズラリと並ぶ御用提灯、背景は青々と伊豆の海…。そこでジャーンとイントロが始まる。沢が吹き込んだ演歌「知らぬが花」で、
 ♪わかれ夜風に舞う蛍 添えぬふたりの 写し絵か…
 12月7日昼夜、浅草公会堂で開かれた「沢竜の旅役者全国座長大会」第一部「恋ざんげ雪の夜話」の大詰め。ここから今回売りものの大殺陣が始まった。
 《へえ、この曲をこんなふうに使うんだ。ぴったりはまってるじゃないか!》
 僕はニンマリとそれを眺めている。「知らぬが花」は一昨年秋に作ったアルバム「男の激情/沢竜二」からのシングルカット。岡千秋の曲に水木れいじが詞をはめたやくざな男の別れ唄だ。そう言や「宿」だの「坂」だの「ネオン」だの「止まり木」だのの、演歌おなじみの小道具はなしで、もっぱら男の心情をあれこれ…と注文した。そういう歌詞だからかえって、大衆演劇には使い勝手がいいのか。
 子供のころから旅芝居が好きで、後年、沢の全国大会はよく見に行った。遊びとも取材ともつかぬ浮かれ気分。それが縁で「出ないか?」と誘われ、今回が4年目の参加である。相変わらず胸中は、新米役者の緊張と、浮き浮きそわそわの二本立てだ。二部の舞踊ショーにはいろんな歌が出て来た。「赤と黒のブルース」「河内遊侠伝」「赤い椿と三度笠」「新地ワルツ」「燃える男」「アジアの海賊」「白雲の城」「悲しい酒」のアンコに「ひとり寝の子守唄」をはさんだ新趣向に、新しいところでは「男酔い」…。
 いつものことながら、若葉劇団総帥・若葉しげるの女舞いがなかなかである。小柄なおっさん(失礼!)が一変、何とも艶っぽい女形で、身のこなし差す手引く手、おちょぼ口の表情までが、可憐な風情を生む。曲は五木ひろしの「千日草」そう言えば旅役者の面々は、独特の嗅覚と美意識で、埋もれ加減の沁みる歌を掘り出して来る。だから聞いたような歌声で、全く知らないいい歌に出っくわす楽しみが、彼や彼女の舞台にはある。流行歌に関しては、野に賢人ありと言うべきか。
 沢が主宰する竜劇隊の花形ひかる光一に、彼が踊った耳慣れぬ歌のタイトルを尋ねたら、香西かおりの「宇治川哀歌」と答えた。誰かが踊るのを見ていいな…と思い、あちこち調べて自分のレパートリーにしたと言う。この世界ではひそかに、歌の伝承までが行われているということか。年々歳々、出ては消えるあわただしさで、消費されていくはやり歌だがその中で、生き延びていく作品の生命力と、それを育てる土壌のひとつ、異形で踊る人々の歌心を垣間見る心地がした。
 ところで…(と、また芝居の話に戻って恐縮だが)今回の僕の役は、鼻の頭まで赤くした酔っぱらいの漁師。宿場女郎とじゃらじゃらしているのをカミサンに見つかり、首に縄つけて連れ戻される。11月明治座川中美幸公演「天空の夢」でやった豪商役の威風堂々!?とはうって変わっての道化役。近ごろ僕の役者狂いに理解を示す友人たちも「あんたも好きねえ」「よくやるよ!」と呆れ顔をした。
 フィナーレ、沢竜二が「本職は?」と聞くから「旅役者見習い!」と答えたらウケた。それに沢は「この人も奇特な人で…」と、ごていねいに僕の前歴、スポニチの役職名まで紹介する。列の隣りにいた座長さんが「へえ、そうなんですか!」と囁くから、僕は真顔で「へえ」と答えた。
 終演後はお定まりのお客さんのお見送り。花形たちのしっぽで低頭を続けたら、
 「あんた、上手だったよ」
 「頑張ってね」
 「風邪に気をつけてね、年なんだから…」
 と、僕より年下ふうのおばさんたちに激励され、10数人から握手を求められた。
 《これだから役者はやめられないよ。目指せ、後期高齢者の星!ってところか…》
 肩をすくめながら僕はまた、浮き浮きするのだからいい気なものである。

週刊ミュージック・リポート