新歩道橋800回

2012年3月9日更新


 
 「この大会初めてのシャッフル企画で~す」
 司会の西寄ひがしが大声をあげたので、こちらはニヤニヤした。2月25日午後、横浜アリーナで開かれた「長良グループ新春演歌まつり2012」でのことだが、歌手たちがお互いのレパートリーを交換する。例えば山川豊の「アメリカ橋」を田川寿美、水森かおりの「鳥取砂丘」を氷川きよしが歌うという趣向。
 《シャッフルなあ…》
 僕がニヤついたのは先月、石原慎太郎都知事が「政界をシャッフルする」とぶち上げたのを思い出したせい。その新党立ち上げの方は、4月がめど、いや6月だろう…と、まことしやかな噂ばかりが先に立って、混迷の政情をさらにシャッフルするばかり。このネタを早速いただいたのが長良グループの知恵だが、これが案外面白かった。山川、田川、氷川、水森がステージに並び、イントロが始まるたびに「俺が…」「私が…」と全員がバタバタする。歌い出すのは意外な歌手で、それと曲との組み合わせの妙、歌唱法で変わる曲想などがファンを喜ばせた。
 このイベントは大阪、名古屋に続いて、横浜が3カ所めだと言う。会場周辺には何台もの観光バスが並び、到着した団体が旗をかかげたガイドの先導で列を作る。1階正面入り口には、作詞家や作曲家、関係会社の花が盛大に並び、歌手たちのCDやグッズの売り手が大声をあげる。2階の回廊ふうロビーへ行けば、ホットドッグに稲荷ずし、ラーメン、ブタまんに生ビール…の売店がズラリ。老舗プロダクションの顔見世興行らしく、お祭り気分が賑やかだ。
 アリーナ席を埋め、整然とペンライトを振る熟女たちのお目当ては、やっぱり氷川である。ヒット曲の一つずつにここを先途…の反応を示すが、歓声も含めてかなりお行儀がいい。それが列を崩しかけたのは、歌手たちがメインステージから会場中央の円形サブステージへ移動した時。制止するスタッフや柵ごしに手を伸ばして、氷川をもみくちゃにした。
 「あ~あ、上衣まで脱がされちゃった。大丈夫か?」
 山川が声をかけた時、氷川はシャツ姿。えらいことだと思ったら、
 「衣装のスパンコールで、皆さんがケガをするといけないので、脱ぎました!」
 という氷川の返事に、会場が大笑いした。
 氷川の新曲はなかにし礼作詞、平尾昌晃作曲の「櫻」で、月光に妖しく光る桜に、失った女性の幻を見る青年の胸の内がテーマ。幻想的ななかにしの美学に、平尾が熱唱型のメロディーで応じている。脱アイドル・ソングの歌づくりで、氷川の魅力におとなの奥行きを作る意図がうかがえる作品。ところが熟女たちは軽々と、いつも通りに反応する。氷川のものなら何でもOK…と、こういう企画にもフットワークよくついていくのだ。
 一座!?を取り仕切る山川は、どうやら訥弁までおなじみになって、一人でボケたり突っ込んだりの気の使い方だが、新曲「ナイアガラ・フォールズ」はきっぱりと歌う。結婚と20周年超のおめでたの田川は、大作ふうな骨格の「霧笛」に気合いが十分。次女役みたいに気楽な水森は、キャッキャッとはしゃぐキャラが素直で、5月発売という「ひとり長良川」を本邦初公開。これに新人の森川つくしとデビューしたての岩佐美咲、はやぶさが加わった。
 はやぶさは若者3人組だがステージの出と入りに、ていねい過ぎるくらいのお辞儀をする。
 「ああいう姿勢は大事だねえ」
 と言う山川に、氷川が、
 「若いころを思い出します」
 と真顔で応じたので、僕はまたニヤニヤした。この日の公演は午前と午後の2回。僕は午後二時半過ぎに出かけたが、新横浜と横浜アリーナの間で、見終わった人々と見に行く人々の浮き浮きが交錯する。堪能の笑顔のご婦人の何人かは、プリンス・ペペの角の売り場で宝くじを買った。今回は1等5億円である。いい夢を長持ちさせる気か、それとも夢を上乗せする算段だったろうか?

週刊ミュージック・リポート