新歩道橋827回

2012年12月6日更新


  
 「森光子」が真っ赤な大見出し、それとなかばダブりながら「大往生」の3文字が、黄色で並ぶ。字の縁どりが青なのは、事態を強調したい表れか。写真は代表作「放浪記」のもので、エプロン姿が皿を持ち、陽気に踊っている。森の死を伝えた11月15日のスポーツニッポン新聞の一面。
 《大往生なあ…》
 知り合いの葬儀などで、たまに口にする言葉だが、かなり神経を使う。故人の年齢が相手の同意に重なるものかどうか? 亡くなる前後の状況はどうか? 長寿を全うした…とこちらが思ったとしても、当事者には肉親の痛みがあるはず…。
 森光子、肺炎による心不全で、亡くなったのは10日午後6時37分、女優として功なり名とげた92才の死は、14日近親者のみの密葬のあとに公表された。「うむ」と合点する。〝大往生〟は大方の感慨と重なるだろう。
 「信じられない」「言葉にならない」と、関係者の悼むコメントが並ぶ。彼女の業績の大きさ、人柄の良さをみんなが讃える。友人の演劇評論家木村隆の追悼文が芸能面に載っていた。「放浪記」の林芙美子役に抜擢されたのが40才。それまでは「あいつよりうまいはずだがなぜ売れぬ」と、ざれ歌を作って運命を呪った下積み生活があったそうな。インタビューしたホテルのロビーで、歌手時代の質問をしたら3番まで持ち歌を歌ってみせたともいう。茶目っ気なのか、一生懸命なのか。僕は突然「軍国舞い扇」という曲目を思い出す。戦時中、戦地慰問で彼女が歌ったものと、どこかで読んだか、誰かから聞いたか…。
 出世作で代表作の「放浪記」は2017公演の記録を作った。国民栄誉賞受賞の理由になる。それならば…と僕らは、共演した青木玲子にスポニチ文化芸術大賞の優秀賞を贈った。この人も同じ回数、同じ舞台を踏んでいて、僕らは〝裏・国民栄誉賞〟の意味合いを持たせたつもり。青木は最近那須塩原に夫君の児玉利和と隠棲している。森の死をどんな思いで受け止めているだろう?
 青木は劇団東宝現代劇の一期生で児玉は二期生。劇作家菊田一夫の肝いりで出来た劇団だから、菊田作、演出の「放浪記」には、劇団の人々の多くが参加している。その有志が作ったのが〝劇団東宝現代劇75人の会〟で、はばかりながら僕は昨年からここに所属している。有力なメンバーの一人横澤祐一から声がかかって、4年前の「浅草瓢箪池」から「喜劇・隣人戦争」「水の行く方・深川物語」に今年の「非常警戒」と、毎年出して貰っているのが縁。
 4作品のうち「浅草瓢箪池」と「非常警戒」が菊田作品である。美空ひばりが出る出ないでもめた「津軽めらしこ」騒動などで、菊田の記者会見は取材したが、個人的な面識はないままに終わった。しかし往時のエピソードには少々くわしい。
 「これがね…」
 と、75人の会の人々が、鼻の下に指2本をあてて話すのが菊田の件。彼のチョビひげを表して、それで通じるのだが、会の面々は酔余しばしば、親愛の情をこめて彼の話をする。毎年のけいこ後はほぼ全日、反省会ふうの酒になって、その席でのこと。ベテラン俳優たちの戦後この方の日々や、菊田の激情の演出ぶりなどに、僕はいつも耳をダンボにしているのだ。
 森の訃報が公になった14日は、何だかひどく賑やかな一日だった。国会の党首討論で、野田佳彦首相が自民党安倍晋三総裁に「16日衆院解散」をタテに詰め寄り、攻守逆転の〝見せ場〟を作る。そこから一気に、来月16日、都知事選とダブル選挙である。自民、公明が連日の〝嘘つき呼ばわり〟から「首相の決断を高く評価」に一変する。〝暴走老人〟石原慎太郎と大阪の橋下徹市長らの第3極とやらは虚を衝かれ、政界は緊迫の右往左往が始まった。
 夜、サッカーのW杯予選は、日本がオマーンに勝つ。引き分け濃厚の後半44分に勝ち越しゴール。
 「やっぱり諦めないことが大事なんだよな」
 僕は深夜、興奮した友人からの長電話に往生したものだ。

週刊ミュージック・リポート