新歩道橋830回

2013年1月25日更新


 
 「二人座長公演」とは思い切った企画である。それも松平健と川中美幸の初顔合わせ。一体どういうことになるのか? 出演者の末席に連なる僕としては、稽古から動悸を抑え切れぬ暮れ正月を過ごした。一月、二月の名古屋・御園座公演。これが結局、芝居もショーも2本立ての、娯楽の極みを体感する日々になった。
 松平主演の「暴れん坊将軍・初夢江戸の恵方松」(斉藤雅文脚本、水谷幹夫演出)は、爆笑の幕開けである。将軍・吉宗と旅芸人・お駒の晩年70代白髪の再会。よろよろ踊る松平と杖を頼りの川中が手を取り合って、自分たちも楽しんでいそうな珍演!? を見せる。「お互いに、長生きしよう」の約束でやる指切りげんまんが、指が震えて、決まらない。そのうち川中が、松平の右手首をむんずとつかんでやっとげんまんの成就だ。
 「コメディーが始まるのか」
 意表を衝かれた観客をあっさり芝居に引きこんで、お次が壮年・吉宗の鮮やかな殺陣・・・とくる。お話は反吉宗連合のクーデター計画を旗本・新之助に身をやつした吉宗が粉砕する、おなじみの痛快劇。川中の芸人お駒は彼の幼な友達で、陰謀に巻き込まれながら、10代からの純な思いを貫くけなげさ・・・。
 一方が主演なら、他方はおつき合いの顔見せか・・・と思うのは素人の早合点である。双方がっぷり四つのからみ合いで、川中主演の「赤穂の寒桜・大石りくの半生」(阿部照義脚本、水谷幹夫演出)は、妻りくに夫大石内蔵助という組み合わせ。深謀遠慮の大石に従い、過酷な運命に耐え、忍び、戦う女の半生劇だ。こちらは稽古中から、役者達が目を赤くする涙のシーンの連続。長男・主税の義挙参加を見送り、娘・瑠璃、三男・大三郎を必死で育て、二男・吉千代の急死に悲嘆する。公儀に反逆する者の家を守る妻として、母としての苦悩と、内蔵助への思慕が彼女を強くするのだろうか。そんな〝女の忠臣蔵〟を、どっしりと支えるのが松平内蔵助だ。
 痛快と涙の二本立ては、共演者も大忙しだ。江原真二郎、土田早苗、曽我廼家文童、園田裕久、瀬川菊之丞、西川鯉之亟、真砂皓太ら腕達者を始め、全員双方に出演する二役持ち。衣装さんも床山さんも大わらわで、楽屋間を走り回っている。そういう僕は、「暴れん坊・・・」でちょこっとにしろ二人座長にからむ好運に恵まれ「赤穂・・・」では花道から登場、もう一つの花道を引っ込む〝両花道〟の好遇に浴している。
 さて、二人座長でどうなることか? の、二つめの関心事だが、こちらは、松平・川中の人間味の豊かさに脱帽することになった。川中組の方はもう、六年の常連だから、この欄でもずいぶん書いた。舞台裏でも人の和と輪の中にいる人となりで、それを慕う役者さんたちが座組に加わりたがるのはご存知のとおり。松平組は初めて参加したが、舞台の偉丈夫颯爽・・・が、舞台裏は寡黙で温厚篤実、常連の役者たちにはその〝男ぶり〟にぞっこん・・・の気配がありありだ。裏方さんたちに言わせれば、
 「いい人といい人の絶妙の組み合わせ」
 で、これまたこの世界ではごく希れなことだそうな。二人とも長い座長生活で、当たり狂言も持つ。相応の矜持があり、闘志も自信も十分に持ち合わせていようが、それをおくびにも出さぬあたりには感じ入るばかりだ。
 ところで今回は「御園座さよなら公演」のタイトルがついている。三月で一応閉館、長谷川栄胤社長によれば「再開発計画に入る」ためだ。劇場118年の歴史の最後を飾る記念すべき公演になった。それは同時に、両座長の共演、好個の演目の選び方などで記憶に残る公演にもなろうか。二人の共演を構想3年、粘り強い根回しで実現した谷本公成プロデューサーの胸中も、察するにあまりある。
 東京大雪の情報に驚き、
 「名古屋は寒いなぁ・・・」
の愚痴をひっこめた1月中旬。この欄は今年第1回の入稿である。長いご愛読を乞い願う思いがひとしおだから「どうぞよろしく」のご挨拶も申し上げる。

週刊ミュージック・リポート