新歩道橋901回

2015年2月7日更新


 新年2回目から、もう芝居の話で恐縮だが、2月用のけいこが始まっている。今度は劇団若獅子プロデュースの「歌麿・夢まぼろし」(笠原章作・演出・主演)で、公演は2月5日から8日までの4日間6回。場所は中目黒のキンケロ・シアターだ。浮世絵師喜多川歌麿を主人公に、幻の役者絵師東洲斎写楽がからむ江戸は寛政のころのお話。僕の役は耕書堂主人・蔦屋重三郎―。
 「小西さん、今回はあんたに当て書きしましたからね」
 と、作者の笠原が笑う。蔦重のニックネームのこの男は、浮世絵の版元として腕を振るったことで知られる。版元はいってみればジャーナリストの感覚とプロデューサーの商いを世間に問うのが特色。そこがスポーツニッポン新聞の記者あがりで、流行歌評判屋の拙職に、相通じるということだろう。
 《そう言われれば、思い当たる節があるようで、ないようで...》
 と、僕はやたらに多いセリフと役作りに悪戦苦闘している。
 笠原は劇団若獅子を主宰する。この劇団は島田正吾、辰巳柳太郎の新国劇を継承、長谷川伸の名作などを軒並み上演しているが、今回はその番外編。笠原が長く温めていた歌麿の人と仕事、その愛にスポットを当てた。彗星のように現れて一世を風靡、忽然と姿を消した写楽の、謎の生い立ちと消息も暴かれる。と言ってもこれは自作自演する笠原流の仮設だろうが、僕の蔦重はその二人を手玉に取ろうとするのだから大変だ。
 笠原とは、川中美幸公演で知り合い、昨年は川中と松平健の合同公演でご一緒したのが縁で、ありがたい声をかけてもらった。ご一緒するのは笠原が集めた若獅子以外の方々で、たとえば森朝子はベテラン女優で競馬もお得意、テレビの競馬中継にレギュラー出演しているからご存知の向きも多かろう。けいこから驚くべきハイ・テンションの立川修也は、元新国劇で笠原の弟分ふう。一見若手!? と見える井保三兎は関西出身、上京後〝ラビット番長〟という劇団を主宰してもう8年、小劇場公演を続けているという。人形町のけいこ場へ、連日コーヒーの差入れをしてくれる三崎由記子はキャリアとお人柄がしのばれる気配りの人。何くれとない立ち居振る舞いの舞戸礼子、野田あゆみに、花魁多賀袖に扮して、背中一面の弥勒菩薩の刺青を見せる藤田舞夢のあで姿と、これで出演者9人の全員だ。面倒を見てくれるのは演出補の柴田時江、こぶりの座組みのこぶりの劇場公演だから、良しも悪しも丸見えになるだろうプレッシャーがきつい。けいこから油断も隙もない日々なのだ。
 1月21日、僕が所属する東宝現代劇75人の会の総会があった。けいこが始まって2日目だから、会合は欠席、二次会の居酒屋に合流した。横澤祐一、丸山博一、村田美佐子ら先輩たちが、
 「どうなのよ」
 と冷やかし加減なのへ、
 「せりふもうろ覚えのまんま、もう立ちげいこですよ」
 と他流試合の報告をしたら、
 「ま、胸を張ってやってらっしゃい」
 と、事もなげにみんなでプレッシャーをかけて来る。川中美幸一座は、ことしは公演がないと聞くから、僕は群れを離れた〝さすらい老優〟の気分だが、芸歴50年超の先輩たちにはそんなことは当たり前。横澤は僕の師匠格で昨年秋の75人の会公演「深川の赤い橋」では、作・演出・出演、ひとかたならぬ教えを受けた。それが
 「中日黒は2月の何日からだっけ?」
 と、煙草の煙の向こう側でニヤニヤする。どうやら見に来てくれそうな気配で、だとすれば、それなりの成果を期待されているのか?
 横澤は笠原のお仲間で、劇団若獅子の舞台にもよく出ている。そのせいだろう、けいこ場でもよく名前が出て、人間関係の機微、芸する人たちの交友の深さを知る。
 「踵で芝居をしなけりゃな」
 以前横澤に言われたことの意味が、まだしっくりとは腑に落ちぬまま、
 「よォしッ!」
 と、僕はカマキリの斧を振り上げている。
週刊ミュージック・リポート