新歩道橋936回

2016年1月31日更新


 作詞家の石原信一が大きめで真っ赤な花の胸章をつけている。
 「おい、おい、どうしたんだ一体、古稀にはまだ2年くらいあるだろ」
 一回り年下の古い友人だから、そんな冗談が先に立つ。1月21日の夜、赤坂の日本海運倶楽部で開かれたのは日本音楽著作家連合の新年懇親会。受け付けで貰った資料に、石原の作品「命咲かせて」が平成27年度の藤田まさと賞受賞と記されている。
 「ほう、お前が藤田まさと賞ねえ...」
 「ええ、まあ、そんなことになりまして...」
 と、また本人と僕の問答がこんな調子。内心は
 《よかったね。おめでとう!》
 なのだが、どうしてもこうなる。何しろ初対面が昭和47年、僕がスポーツニッポンで始めた若者による若者のページ「キャンバスNOW」の常連執筆者で、彼は大学を卒業したばかり。以来物書き同士のつき合いが40年を越えている。
 めでたい受賞作「命咲かせて」は石原の詞に幸耕平の曲、丸山雅仁の編曲で歌唱は市川由紀乃。制作がキングレコードで、重村博文社長や、市川の所属プロ渡辺精一社長、担当の湊尚子ディレクターまで、花の胸章がずらりと並んだ。制定委員や連合の会員が推薦した候補100曲から選ばれたのだから、みんな新年から幸先がいい笑顔だ。
 《あの歌か...》
 僕は頭の中で受賞作を鳴らそうとする。ガンガン張る歌を行けば行ける力量の市川が、八分めくらいに歌った程のよさ。もともとリズムを強調した作品のヒットが多い幸が、本格的演歌を狙った気配が強く、石原と幸は何度か詞と曲のキャッチボールで歌づくりをする仲...と、どこかに書いた記憶がある。
 赤い花を飾っているお仲間が他に2人居て、功労賞のたかたかしと岡宏。受賞者席につきたがらないたかと一緒に、僕は会場下手最先端に陣取る。
 「ま、歌社会シルバーシートだわな」
 なんて冗談を言い合っているところへ、小林隆彦マネジャーとたかの事務所を手伝っている息子の髙橋青年が、せっせと酒や肴を運んでくれる。お陰でこの種のパーティーの席では珍しく、僕は多めのご馳走にありついた。
 「歌の商売を始めたのよ」
 と、真顔で岡宏音楽商会とやらの説明を始めるのがクリアトーンズのボス。有名無名を問わず、いい楽曲を仕入れ、楽曲を欲しがっている巷の歌手たちに供給、手数料を稼ぐのだそうな。どんな作品を選び、どんな歌い手に橋渡しをするかは、彼本人の見識とセンス。CD化するか、歌い手専用のオリジナルに止めるかは、相手の経済的可能性を含めた希望に添うという。
 「そうまでしてでも、演歌の底上げをしないとねえ」
 と、すっかり〝その気〟の岡の傍で、
 「アイデアとしては面白いけど、実際やってみるといろんな問題が出て来そうだねえ」
 と、ニヤニヤするのは作曲家の水森英夫だ。
 それやこれやの会場で、大忙しなのは連合の志賀大介会長や弦哲也副会長、四方章人理事長、聖川湧副理事長ら。藤田まさと記念新作歌謡コンクールの受賞者を次々と表彰する。城山正志、村田耕一、おおた良、藤田たかし、泊大輝、山田那津子、梁川梁、鈴木綾子、田村勝秋、宗宮成則、棚橋清志、笠間千保子らに佳作が30名近く。こういう面々が喜色あらわに会場を行き来するあたりが、この組織の温かい人間関係といい雰囲気を作っている。
 そうこうするうちに、会場の隅で流れはじめたのが連合の次期会長に四方章人が決まったらしいという噂。四方は銀座の弾き語り当時に、藤田から詞のメモを渡され、それが「浪花節だよ人生は」のヒットになり脚光を浴びた人。その縁を大切に、藤田が創設したこの組織に献身、藤田を記念する行事にも粘り強く協力して来たから、
 「それは当然の人事だろ」
 とばかり、本人にただしたら、
 「まあ、いずれそのうちに...という話で」
 と温顔をほころばせた。志賀大介から四方章人への会長職禅譲も、特に期限はないそうで、そのうちぼちぼちというのも牧歌的でいいではないか!
週刊ミュージック・リポート