新歩道橋956回

2016年8月22日更新


 暑い。猛烈に暑い日々だが、沢竜二の「サマー・ワン・デイ・ステージ」は8月8日、新宿・紀伊国屋ホールで、昼夜2回の公演を終えた―と書くのは、この欄締切りの4日午後にやっつけた予定稿。時間を争う新聞づくりではよくやった手だが、なぜかこの夏は、出演した芝居の3本ともが、このタイプ。読者諸兄姉のお目に触れるころには、いずれもめでたく千秋楽...というめぐり合わせになった。
 今回の演目は「ある旅役者の記録」である。先週のこの欄で、実は大ポカをやっていて、タイトルの「旅役者」を「旅行者」にしてしまった。僕の暑さ負けの校正ミスだが「永遠の旅役者」を自認する大ベテラン沢竜二が「旅行者」では何とも相済まぬ仕儀、ご本人をはじめ読者の皆さまに、叩頭してお詫びをしなければならない。
 で、その「...旅役者の記録」だが、内容は文字通り沢の半生を面白おかしく描いた、いわゆる「沢芝居」で、舞台と楽屋風景をナマで見せながら、彼の言う、役者と観客のコミュニケーションが第一、涙と笑いの娯楽編だ。主人公は沢扮する旅がらす人斬り吹雪の忠太郎、これが通りすがりの母娘を助けたところから、土地のやくざ、用心棒との乱闘になる。殺陣の途中でやたらに「待った!」と「質問!」がかかるのは、取材に来たていのレポーター役とカメラマン役とのやりとりになるせい。
 その問答で、沢の若い日の奮闘ぶりや、女沢正と呼ばれた母親とのエピソードなどが語られる。殺陣そのものはビシバシやるのだが、間に土地の親分との珍妙なやりとりもまじえて、その緩急の間合いが面白い。やがて助けた母娘との芝居が、ご存知「瞼の母」の名場面へずれ込んで、沢の忠太郎が、ここを先述の名調子―。
 作、演出をはじめ何から何までを、けいこで固めていくのも沢流で、合い間に、
 「この手の座長芝居はこれが最後になるかもな」
 などと言い出す。もちろん役者をやめる気などさらさらないが、チケットの手配から宣伝までやる雑用兼務。そのうえに、歌あり踊りあり浪曲ありの大殺陣「俵星玄蕃」が大詰めだから、知力と体力と気力が限界だそうな。そう言いながら、戸山ハイツの集会所33ホールでのけいこでは、大汗かきながら若手役者を叱咤する。とても僕より年上の人とも思えないタフさだ。
 委細承知...と立ち働くのは岡本茉利、木内竜喜、峰珠都、青山郁彦ら一座の面々。橘進之助、橘裕太郎、神山大和ら若き座長が参加して、原康義と僕はゲスト扱い。原はレポーター役だが、初対面で、
 「この間の〝坂のない町〟も見ました」
 と言われてドッキリ。東宝現代劇75人の会の内山恵司、丸山博一らと知り合いで、森光子版「放浪記」などで共演した仲だそうな。世間は狭い! と実感しながら、僕の役は狂言。方旅の一座らしい派手な衣装で、拍子木など打ち鳴らして開幕の口上をやるなど、二、三度チョロチョロ登場した。出ずっぱり、セリフ山盛りの役だけが、いいという仕事では決してない。チョイ役といえども一座の空気になじんだうえに、それらしい役割を果たせるかどうかが肝要で、折から競り合う形になったリオ・オリンピック同様、沢一座には参加することに大いに意義があるのだ。
 5月末からみっちりとけいこをした東宝現代劇75人の会公演「坂のない町~釣船橋スケッチ」(7月6日~10日、深川江戸資料館小劇場で7回)から一転、若者集団の路地裏ナキムシ楽団公演「オンボロ観覧車」(7月22日~24日、下落合TACCS1179で5回)をやって、今回の沢一座である。ひでりの夏をおろおろ歩いた僕の役者の季節は何はともあれ一段落。この19日に著名な書家金田石城が監督、主演する映画「狂墨」に骨董商佐藤源三役で出演するのを残すだけとなった。
 9月3日には水戸市で「高野公男没後60年祭演奏会」がある。心臓手術で危機を脱した船村徹が、この日のために酷暑を闘病に専念した、乾坤一擲のイベントだ。何はおいても同行し、船村の一念を見届けなければなるまい...と、ココロは少しずつ流行歌評判屋に戻りつつある。
週刊ミュージック・リポート