新歩道橋976回

2017年4月2日更新


 川中美幸〝笑劇場〟は健在である。3月の大阪・新歌舞伎座公演、客席も舞台裏も笑い声が絶えない。芝居も楽しさに的を絞って、川口松太郎作、金子良次潤色・演出の「めおと喧嘩ラプソディー」の1幕3場。70分の小品だが、2組の夫婦の痴話喧嘩の実態!? が関西弁でポンポンポンポン、スピード感で観客をあおりたてる。ショーの方をたっぷりめなのは、川中の芸能生活40周年を記念、数多いヒット曲を一気に! の趣向。
 喧嘩のひと組めは、酒好き女好きで夜遊びばかりの割烹の主人(松井誠)と女将(川中)のやきもち。ダンナが持ち帰ったピンク色の名刺と、口紅つきのハンカチが問題で丁丁発止。「出て行く!」「勝手にしろ」の大騒ぎだ。しかし双方二枚目の座長と特別出演のやりとりだから、おのずと応分の抑制はある。それが一気にはじけるのはふた組めで、とんかつ店の主人(曾我廼家寛太郎)と細君(三林京子)の組み合わせ。ダンナの身辺で見つけた派手な男物パンツを、キャベツにかぶせて包丁でズサッ! とやるあたりで、細君の悋気が最高潮だ。
 川中組は浮気も疑いどまりだが、寛太郎組は店をやめた娘をマンションに囲っているのがバレて具体的。それを問い詰める三林、屁理屈の一般論で逃げる寛太郎の設定で、本格派おっとり型の三林が逆上すれば、芸達者の寛太郎が体技も含めて汗みどろの応戦になる。竜虎相撃つ組み合わせが、関西弁のオブラート効果から、やたらにユーモラスだ。
 共演はベテランの江口直彌、坂本小吉、竹内春樹と若手の植栗芳樹、千葉のぶひろ、小峰雄帆。女優陣は大原ゆう、藤吉みか、長谷川かずき、穐吉次代、宮園香菜子とこれで全部、みんながふた組の夫婦喧嘩を盛り立てる係りだから、ほとんど出番は一度きり。僕なんか銭湯帰りのおっさん。「宗右衛門町ブルース」を口ずさみながら出て来て、松井ダンナのアリバイをぶちこわしてしまう。川中相手にふた言み言、慣れぬ関西弁が彼女には、音程の悪い歌に聞こえはせぬかと、役柄同様、肩をすくめて退散するが、午前11時に開演して10分後にはもう楽屋に戻っている。
 劇場近くのホテルに宿泊、10年前の初舞台で、川中から貰った立派な暖簾をかけた楽屋は一人部屋の好遇である。ま、出番もセリフも多けりゃいいとは限らないが、それにしてもこれではギャラ泥棒...と思ったら、ちゃんとショーの方にもひと役あった。それも音楽評論家で本名の出番。「赤城の子守唄」「憧れのハワイ航路」「かえり船」「王将」などの懐メロに、年寄りの知ったかぶりを開陳する。曲に合わせて寛太郎が怪演、川中の笑い上戸が止まらないのに、水を差す物言いでヒヤヒヤものだ。
 出を待つ上手そでで見学するのは松井誠のあでやかな舞い2曲分。しなやかな身のこなし、女性そのものの身ぶり手ぶりが指先までで、時にのけぞり時に小走りの風情が名場面の連続。聞きしにまさる美しさだ。曲の合い間に舞台上で衣装を着替え、かつらまで代えるのも見もの。長い帯を背中で結ぶあたりで誇張する動きが客を沸かせてショーアップしている。その間わずか1分40秒前後。舞台そでで凝視するもう一人が寛太郎で、もしかするとその徹底的観察が、彼の芸のこやしの一部になるのだろうか?
 川中の劇場公演は、昨年正月のこの劇場以来14カ月ぶり。老齢で病床の母親久子さんに介護の添い寝が長かったのを、
 「あんたはあんたの人生を生きや」
 の一言を聞いて「晴れ舞台を踏むのも介護のうち」と一念発起したが、その間のエピソードまでトークにして客を沸かせる。身に染みついた感のある浪花育ちの諧謔が、芝居にも歌の合い間にもちりばめられて、客席の爆笑には掛け声の怒号もまじる。ファンのプレゼントを受けながら、ジョークで劇場内をひとつにするのも、もはやおなじみのこの人ならではの芸。開演前に「はいかい」と称して、仲間の楽屋に声をかけて回るのもいつものことで、こぶりな座組みだけに一層、家族的な雰囲気が濃いめだ。長い芸能生活でもいろいろあって、彼女の裏表なさは苦労人のあかし。それやこれやでこの人の節目の年の春は、新曲「津軽さくら物語」ともども〝笑い〟と〝和〟の賑いの中にある。
週刊ミュージック・リポート