新歩道橋1011回

2018年3月25日更新


 大阪に居る。新歌舞伎座の3月は川中美幸特別公演。急に春めいた好天続きで15日が初日だが、お客の出足も上々なのに、僕はまた関西弁に四苦八苦している。何しろ大阪で不慣れな大阪コトバだから、地元の人々がどう受け止めるか、セリフをしゃべりながら冷汗三斗―。
 演し物は二本。芝居が「七変化!! 美幸一座~母娘愛情物語」(金子良次演出)ショーが「川中美幸オンステージ~人うた心」(福家菊雄演出)で、二人の演出家が
 「楽しみながらやりましょう。そうしないとお客が楽しめない」
 と口を揃える。芝居も劇中劇いろいろでバラエティふう。ショーもコントをはさんで、出演者の個人芸が期待されるタイプだ。
 「母娘愛情物語」のサブタイトルから連想できようが、亡くなった川中の母久子さんの話がからむ。母親の大衆演劇団を引き継ぎ、二代目になったのが川中だがこれが解散寸前。共演の赤井英和と二人っきりになっていて「白浪五人男」が「二人男」だし「国定忠治」の赤城山のくだりは、忠治が川中で子分の赤井が一人でバタバタする。劇場のオーナー社長の瀬川菊之丞も「もはやこれまで!」と諦めかけたところへ、急を知った元座員たちが駆けつけて一件落着という筋立て。座員たちはみな、実は座長の配慮で、それぞれ修行に出ていたという人情劇だ。
 劇中の楽屋には、若いころ大衆演劇の娘役をやった久子さんの写真が飾られ、娘の川中座長が
 「頑張るからね、お母ちゃん、見ていてや...」 などと訴えるシーンもあって、虚実ないまざっている。そのあたりが観客にも通じるから、客席は大笑いしたりしんみりしたり。そこへひょこっと現れる僕は、演劇評論家のわけ知りだが、結局一座に加わって、劇中劇の「女ねずみ小僧」で目明しをやり、川中ねずみを追いかける大役? を貰った。評論家転じて役者というのも身につまされること確か。しかし、花道をバタンバタン...と引っ込むあたりが、どう踏ん張ったってカッコよく収まる訳はない。
 共演は初対面の前田耕陽、西条美咲、西畑まどからに四天王寺紅、大原ゆう、藤吉みか、荒川秀史、小早川真由らおなじみの顔ぶれ。楽屋内外でいつも笑いが絶えない川中一座だから、ついつい〝その気〟になりかかるのを、自戒しながらの日々になる。恐るべき存在は振付の花柳輔蔵という人で、和洋何でも来いの振付のほかに、元座員の一人になるわ、僕の相棒の捕り方になるわと複数役をこなすうえ、役者諸氏の相談に端から乗って、けいこから本番まで獅子奮迅。低姿勢に似ぬ大声が響き渡るから、
 「まさにお人柄スーパーマン!」
 の取り沙汰がしきりだ。もう一人DiceKを名乗る青年は歌い手だが、その声が何と4オクターブと来るから驚く。ショーで1曲歌うのだが、今回が初舞台と聞いて二度びっくり。そのくらい堂々とした歌唱は声だけ聞くと何人分か...とこちらが考え込む世界で、
 「裏声が上へどこまでも出るってこと?」
 と聞いたら
 「地声から裏へ少しずつ切り替えていくんです」
 と答えた。地から裏へ「少しずつ」というのがどういう状態なのか、僕にはとうてい理解のおよばぬ領域だ。
 ショーの方でも一役貰った。旧知の舞台監督桜井武志が「頭領、地でいけるでしょう!」とニッコリ笑った通りのボケ老人で、赤井とトンチンカンなやりとりをする。ま、演出家が「楽しめ」と言うんだから...ととりかかったが、関西弁をポンポンというテンポなら、そうそう楽しめるものでもない。で、お楽しみは行きつけの酒場「久六」で...ということになる。僕が「大阪のおっかさん」と呼ぶおかみさんは、ふっくら笑顔で相変わらず元気。芝居を見に来て僕が出てくると
 「ドキドキして、もう...」
 と頬を染めるあたりがカワユイ。
 記者時代から長いこと〝人間中毒〟と〝ネオン中毒〟を患っている僕のもう一つの得意技は〝人たらし〟で、共演の大原ゆうと藤吉みかにはほとんど介護されているくらい面倒を見てもらっている。大阪の気のいいおばちゃん(失礼!)然とした二人とのやりとりを、
 「ボス! 何してんの!」
 と、笑顔で睨む川中の舞台は例によってジョーク百連発、浪花の春は陽気に「日々是好日!」で、今回のレポートはチョン! である。
週刊ミュージック・リポート