新歩道橋1032回

2018年10月25日更新


 〽口で言うより手の方が早い...
 いつか聞いた歌の一節だが、今ふうに言えばパワハラ・ソングか。今回はそれとは全く違う〝手〟を拝見した。7月の川中美幸公演、9月末から10月にかけての氷川きよし公演、いずれも劇場は明治座で、双方、池田政之という人の作、演出。この場合の〝手〟は、この人の作劇術と演出ぶりで「口で言う」より「やって見せて」面白おかしく、役者たちをノセて実に手際がいいのだ。
 10月10日に見た氷川の芝居は「母をたずねて珍道中。お役者恋之介旅日記」で、タイトルからして面白そう。それが、
 《こうまで客を笑わせるか!》
 と、呆れるくらい娯楽に徹している。大衆演劇の人気役者・嵐恋之介に扮する氷川が舞台に居る間は、何秒かに一度...と言ってもいいくらい頻繁に、客席に笑いが起こる。旅日記だから道中のエピソードがいくつか。氷川の相手が曽我廼家寛太郎だから、笑わせるのがお得意の芸達者。必要なセリフはほとんど彼が言って、それと氷川のやりとりの〝間〟だの〝ズレ〟だのが、まず訥々の妙になるからよくしたもの。犬の着ぐるみも含めた共演者のセリフや動きにも、大仰に書けば、絶え間ないくらいにギャグが仕込まれている。
 「うん、そこはこうしちゃどうだろう?」
 「面白い? じゃあこうやってみるか!」
 僕もかなりいい役を貰って参加した、川中公演のけいこ場を思い出す。池田がやってみせる都度、けいこ場に笑いが起こる。ま、才気煥発と言うか当意即妙と言うか、引き出しのネタ山盛りと言うか。笑いのオマケがどんどん加わるから、自然芝居は長めになるが、最終的にはけいこ場でウケた部分を生かし、自分が書いた台本を、バッサリ削って寸法を合わせる。氷川公演のけいこ場もきっとそうだったに違いない。
 観客大喜びの見せ場もちゃんと用意してある。というよりは、芝居の筋書きよりそちらがメイン。時代劇で人気役者の設定だから、日舞は踊るし、能や殺陣もやるが、その都度氷川は花やかな衣装をまとい、装置も豪華ケンランで、まるで動くグラビア。踊りや殺陣などが本格的にはほど遠いのも、
 「きよし君、かっこいい!」
 「きよし君、かわいい!」
 になって結果オーライなのだ。
 客席の笑いが止まり、し~んとなるのは、お話の説明部分。氷川の恋之介は、親にはぐれた旅芸人で自然に母親探しになる。それが実は笛の名門、六条流の跡目相続人で、彼が行方不明だから跡目をめぐる騒動が起きている...。と、その辺は共演者たちが幕前芝居でやる。お家騒動ものならこちらが本舞台になるだろうが、それはさておいて氷川は、本舞台で面白くかっこいい旅日記をやっている。逆転の発想でもあろうか。
 「役者が楽しまなくては、観客が楽しむものにはならない」
 と池田が言うのを耳にした。そうですか! とばかり、川中公演の出演者はみんな〝その気〟になったし、氷川公演の舞台も、みんなが楽しんでいる気配が濃い。池田という人の凄味は、スピードと繁盛ぶり。芝居一本を一晩で書き上げるが、その時はパソコンのキイを叩いて、はたから見れば半狂乱だそうな。作、演出家は松竹系と東宝系が大きな流れを作っていて、それに割り込んで今日があるのは、並大抵ではないアイディアと才能と心身ともにタフなことの証だろう。
 商業演劇は主役と相手役を軸に、ほとんどが役者の寄せ集め。そのくせけいこ日数は短く、多くが2週間前後。だから彼は「注文するよりやって見せること」をモットーとする。そのためには、洋舞は無理としても、セリフ、所作、ギャグ、殺陣、日舞と、多岐なけいこを重ねて来たという。そんな長い研鑚が、この人の演出家としての個性を作ったのか。氷川が舞台でも言っていたが、この公演のけいこ日数は何と、1週間だったそうな。
 驚くべきことのもう一つは売れ方。川中明治座公演の7月は、三山ひろしの新歌舞伎座公演とダブっていて、けいこで東京―大阪を何度も往復した。氷川公演は彼が参加する劇団NLTの新作喜劇「やっとことっちゃうんとこな」とこれもけいこがダブった。もちろん彼の作、演出で10月13日から俳優座劇場でやる。これが池田政之という人の演劇生活35年の集大成と言うから、僕は何をおいても駆けつける覚悟を強いられている気分だ。
週刊ミュージック・リポート