新歩道橋1055回

2019年6月23日更新


 「金無垢の松平健」というのは圧巻である。ご存知の巨漢が、金のスパンコール一色の衣装で「マツケンサンバ」を歌い、踊る。これまたピカピカ衣装の男女ダンサーをバックに、大阪・新歌舞伎座の舞台を縦横無尽、客席も大いに沸くのだ。
 「眼がチカチカして、痛いくらい...」
 と笑うのは、舞台そでで出を待つ川中美幸。松平に招かれて、出演者全員が勢揃いするフィナーレだが、
 「健さん、息が乱れもせずにそのまま挨拶でしょ、タフだとは知ってたけど、一体どうなってるのかなあ」
 川中がまた嘆声になる。
 6月、新歌舞伎座開場60周年記念の特別公演、松平、川中の歌もたっぷりのスペシャルショーで、特別出演の中村玉緒と松平の「浪花恋しぐれ」も大いに受ける。玉緒の飾りけのない老婆ぶりが、得も言われぬ可愛さなのだ。松平は「中村玉緒さま」と尊称を使う。師匠勝新太郎の夫人だから、そこは殊勝なもの。相手はのけぞり加減のリアクションで、客席も舞台上の面々も、ニコニコ顔のオンパレードだ。
 芝居の「いくじなし」(平岩弓枝作、石井ふく子演出)一幕四場では、松平・川中の立居振舞が逆転する。江戸時代の裏長屋を舞台に、嬶天下のお花(川中)と甲斐性なし行商人六助(松平)が役どころ。川中が江戸弁を立て板に水でやたらに威勢がよく、呼ばれる松平が「へ~い」ボソボソと、漫才の突っ込みとボケふうに、おもしろおかしい夫婦である。それに長屋人種あれこれがからむ下町しみじみ人情劇だ。見せ場山盛りの大劇場公演としては珍しいタイプのせりふ劇。貧乏人扮装の両主役に意表を衝かれたファンは、そのまま芝居の世界に引き込まれていく―。
 楽屋に突然、作詞家のもず唱平が現れた。先天的に厄介だったと言う血管が、心筋梗塞を引き起こし「あわや...」の瞬間もあった春先から復帰、びっくりするくらい元気になっている。往年の情熱的話術も復活していて、内緒にしていた病状から、川中の新曲「笑売繁盛」まで、こちらも縦横無尽のてい。彼の作詞50周年記念第2作に当たる今作の、プロモーション案や昨今の政治、国際関係、とりわけ北朝鮮対応への憤懣など、語気が熱い、熱い!
 一夜、川中ともども、この関西を取り仕切る詩人から、今が旬の「はもしゃぶ」のもてなしを受けたが、彼を師匠と仰ぐ川中はその回復ぶりに大喜び。いわく因縁があって彼を呼び捨てのつきあいが長い僕も、
 「今宵、一番の酒の肴はもずの復調だな」
 などと冗談めかした。12年ほど前に、僕が川中から声をかけて貰って舞台の役者を目指した時は、
 「そんな甘い世界やありまへんで!」
 と、忠告、反対したもずも、僕が松平、川中ご両人にからむ今回の舞台に、どうやら得心した気配なのもやれやれ...だ。
 それやこれやを楽屋同室の友人真砂京之介に報告したら、
 「大先生を呼び捨てなのかよ」
 と、あっけにとられた。長く松平側近のこの男は、今回の舞台唯一の激しい立ち回りを松平と演じている。いつもは暴れん坊将軍の松平と仇役の彼が丁々発止の殺陣でおなじみだが、長屋の住人と人買いの〝ぜげん〟という町人同士。組んずほぐれつの大乱闘を二人きりで、蓮池に沈められたり、脱出したり...の大騒ぎで、おしまいに真砂は雷に打たれて頭が変になる。
 「こんな体育会系の仕事は初めてだ」
 と、体のあちこちに打ち身のアザや小さいかすり傷を作りながらの奮闘である。芝居の続きみたいに、息も絶え絶えで楽屋に戻ってくるのへ、
 「お疲れさん、いやあ、いい出来だったよ、今回も...」
 と、毎回僕はねぎらい役。何しろこちらは町内の世話役で、松平・川中に上から目線でブイブイ言うだけの〝もうけ役〟だから、彼のココロの介抱は、時に、行きつけの居酒屋にまで続いたりする。
 終演後の食事は、松平、川中それぞれのお供をする果報や、舞台のお仲間、東京からの友人、在阪の友人...と、多彩な夜をほどほどのスケジュール。何だかこの稿、末尾は〝うかれ町報告〟めくが、昼夜ともに日々これ好日である。関西の梅雨入りは6月下旬の見通しとかで、照る日曇る日、気温までほぼ快適で居酒屋「久六」のお女将と大将の機嫌も上々なのだ。
週刊ミュージック・リポート