新歩道橋1057回

2019年7月7日更新


 頭の中にあるのか、それとも心の中か。芝居の科白を入れる袋があるとする。その大小や機能には個人差があるのだろうか? 6月、大阪の新歌舞伎座の楽屋で、僕はふと、そんなことを考えた。川中美幸と松平健の合同公演。芝居は平岩弓枝作、石井ふく子演出の「いくじなし」と、この欄に何回か書いた。浅草近くの裏長屋を舞台に川中・松平の気のいい夫婦を中心にした時代劇の人情物語。大劇場公演には珍しいせりふ劇だが、実に数多くのコトバが飛び交う。
 「いい年して般若が人食ったように紅ぬって、風呂屋の番台に色眼つかってるんだってね、この色狂い!」
 川中演じるかかあ天下おはなの啖呵である。それに応じる鷲尾真知子の大家が、
 「十両はおろか五両一両の銭だって、拝んだことのないような暮らしをしているくせに、えらそうな口叩くんじゃないよ!」
 と来る。最近住みついた謎の姉弟の家賃についてのやりとり。支払いに窮した姉弟と、それならば...と立ち退きを迫る大家との間に、おはなが割って入っての大ゲンカだ。
 双方に理はあるのだが、カッとなってどちらも一言も二言も多くなる。下町気質の一端だろうが、その激しさがヒステリックにせり上がるのだ。どちらも山ほどある科白の連発、それも江戸前のテンポでビシビシだから、観客はあっけにとられた。
 《しかしまあ、よくもあれほど...》
 と、ぼくは出を待つ舞台そでで感じ入る。因業な大家の悪態のつき方が、立て板に水で、その嫌みたっぷりが体全体からににじみ出る。素顔は物静かで、笑顔が素敵なベテラン鷲尾が、近寄り難くさえ感じられるのは、芸の力か。そんな騒動に閉口しながら、低姿勢でかみさんをたしなめ続けるのが、気のいい律儀者の六助で芸歴45年を記念する松平が、珍しい役柄に取り組んでいる。それが―。
 「うるせいやい、すっこんでろ、このとんちきおかめ!」
 と、突然おはなを叱り飛ばすのは、大立ち回りのあと。下戸の彼がノドをいやすために、おはなに酒をのまされて酔っぱらう。罪を背負って駆け落ち同然の姉弟が、無実と知って二人を秘かに旅立たせる大詰めだ。
 「どこか遠くへ行きなさるがいい、知らねえ土地で仲良く、幸せになっておくんなさいよ!」
 と、呼びかける見せ場で、はなむけの思いもこめてか、馬子唄をひと節。それも酔っぱらったへべれけ口調で、ゆらりゆらりと客を泣かせる場面だ。
 ものがものだから、川中も松平も貧乏人のいでたちで、いつもの華やかさはない。そのうえ二人は、出ずっぱりのしゃべりっぱなしで、客を驚かせたり、笑わせたり、しみじみほろりとさせたり。その合い間を鷲尾の悪態が刺激的に緊張させるのだが、役柄が役柄だけに、きつい科白がこれでもか、これでもか...。
 三者三様、科白を入れる袋の大きさに驚嘆する。芝居によってその袋は、伸縮自在なのだろうか? それとも科白の数によって、とめどなくふくらむものなのだろうか。その袋の中身と、演技者それぞれが持つだろう別の袋の中の本音は、響き合うものなのだろうか? 時に同化するのだろうか? 振り返れば僕は、どの程度の科白の袋を身につけ得たのか? それはこの先、経験を積むたびに、少しは大きく育っていくのだろうか?
 くだらない屁理屈、年寄りの世迷言につき合わせるな! と、叱らないで頂きたい。言語は人格を示すと思っている。雑文屋稼業は、恥ずかしながら自分の言葉で自分を語る部分が多い。しかし、演技者は、自分とは全く違う人間を演じる。役柄として与えられた人間は、それなりの人格や言語を持っているはずで、演技者はそんな他人と自分自身とに、どう折り合いをつけていけるのだろう? 「科白の袋」と思っていたのは実は、演じる人間の人格や考え方生き方、特有の言語で満ちているものではないのか? 「量」はともかく、大切なのは「質」ではないのか?
 6月27日大阪。梅雨が来ないまま台風が来た。G20サミットで、町は警官だらけである。厳重な警備は物流をストップさせ、人々の生活全般に、大きく影響している。そんな中に滞在し、28日千秋楽を迎えた僕は、何だか旅する人間みたいに浮遊していた。
 26日夜には東京からの連絡で、作詞家千家和也の死を知る。「終着駅」や「そして神戸」など、いい歌を沢山書き、歌謡曲黄金の70年代に足跡を残した人だが、小説を書くと言って歌社会を離れ、以後の消息が途絶えていた。あれから彼は、どんな暮らしをしていたのだろう?
週刊ミュージック・リポート