新歩道橋1064回

2019年9月21日更新


 9月初旬の6泊7日ほど、深川・門前仲町のホテルに居た。昔、長いこと勤務したスポーツニッポン新聞社が越中島にあり、この一帯の飲み屋街はいわば僕の縄張り。ここから地下鉄大江戸線で一駅、清澄白河近くの深川江戸資料館小劇場でやった東宝現代劇75人の会公演へ通う。何で門仲泊まりかと言えば、共演者との反省会!? や、観に来てくれた友人たちとの宴会に便利なせい。5日間7公演、老優の僕を気づかってか、足を運んでくれた恩人、知人、友人は何と130人を越えた。涙が出るほどありがたい。
 演目は「離ればなれに深川」(作、演出横澤祐一)の二幕九場。僕はお調子者のやくざ川西康介役で、出演者全員とからむ。自然出づっぱりで、せりふも山ほど。何しろ作、演出の横澤は、僕のこの道の師匠だから、緊張感も半端ではない。
 《また見てるよ!》
 芝居の最中に舞台ソデに目が行くと、必ず横澤の冷徹な視線に気づく。舞台の役者12年、この劇団に入れて貰って10年、客席の友人の視線は全く意識せず、全体の反応から来る陶酔の快さと、師匠のチェックが生む覚醒が、うまい具合に攪拌されればいい。しかし、年齢のせいにしたくはないが、集中力の方は時おり薄れる。とたんにせりふが表滑り、芝居にほころびが出る。細かい言い間違いや言い直しを、それとなくやるが、どうぞ客の諸兄姉には気づかれぬように...。
 深川は掘割りの町である。それぞれを背景に、横澤の深川シリーズは今作で6本め。毎回いい役を貰っているのに...と、ふと立ち止まるのは、宿舎そばの大横川にかかる石島橋の上。人影もない深夜。その黒々とした流れを見おろし、アイコスのスムースなど一服すると、何やら感傷的な気分になる。口をつくのが昔々のはやり歌「川は流れる」だったりして、
 〽病葉(わくらば)を今日も浮かべて、街の谷、川は流れる...
 病葉役者が思い返すのは、今は亡き作詞者横井弘、作曲者桜田誠一の笑顔。歌った仲宗根美樹は元気にしていようか?
 《そう言えば...》
 と我に帰る。劇場には星野哲郎の息子有近真澄が一族郎党引き連れて6名も来てくれた。阿久悠の息子深田太郎は作家三田完と一緒に。吉岡治の息子天平や孫娘のあまなも来た。美空ひばりの息子加藤和也とその細君有香はなぜか別々の日に現れる。大きな実績を残した歌書きたちや、大歌手に密着取材をして、その子孫との〝その後〟のつき合いである。これもありがたい縁だろう。歌社会のお仲間の顔も沢山見た。親しい作家井口民樹は病いを押して夫人の介護つき。スポニチ時代の恩人牧内節男社長は僕よりはるか年上だが、
 「君の芝居をみるのも、これが最後だろう...」
 陸軍士官学校出身、毎日新聞時代にロッキード事件で辣腕をふるった社会部幹部で、僕ら記者の鑑なのに、珍しく弱気な発言をして去った。
 8日昼の部が千秋楽。台風15号接近を心配したが、公演は無事に終了。後片づけのあと午後6時から門仲の中華料理店で、打ち上げである。飲み放題食い放題2時間を大騒ぎして、早々に解散する。電車が動くうちにと気もそぞろ。東海道線はもう止まったが、横須賀線はOKで、逗子駅から葉山へ、バスも運行していた。
 うまく行ったのはそこまでで、台風の直撃を食らった。我が家はご用邸近くの柴崎地区と呼ばれる岬の突端。マンション最上階の5階に位置、眼前の海、その向こうに富士山、右手に江ノ島、左手に遠く大島...で、
 「眺望絶佳!」
 と、小西会の面々が嘆声をもらす代物だが、この夜ばかりはそれが裏目に出た。暴風雨が四方から叩きつけ、荒れた海の波しぶきが5階まで上がって、まるで滝壺の底状態。激しい音と建物の小ゆるぎに肝をつぶした愛猫の風(ふう)とパフは、あわてふためき、身を低くして隠れ場所を捜すが、三方が海、裏が山では、見つかるはずもない。
 まんじりともせぬまま台風一過、その翌日10日から僕は路地裏ナキムシ楽団公演「屋上(やね)の上の奇跡」(4日初日、中目黒キンケロ・シアター)のけいこに入った。やくざの川西康介から、病院の院長・野茂への切り替え。引き続きの難行だが、望外の老後にうきうきしている。
週刊ミュージック・リポート