新歩道橋1086回

2020年9月3日更新


 おや、五木ひろし、ずいぶん若造りだが、結構似合ってるじゃん。ジーンズにスニーカー、手首まくりの青シャツに薄手のセーター肩にかけ、袖を胸もとで結んで、あぐらの左膝を立ててニッコリである。アルバムのジャケットだが、タイトルが「演歌っていいね!」と来た。長いこときちんと〝よそ行き〟の見た目とコメントで通して来たベテランが、こんな〝ふだん着〟の言動に転じているのも、ご時世に添ってのことか?
 タイトルの割にいきなり自作の「VIVA・LA・VIDA!~生きてるっていいね!」だから、威勢がいい。一転して2曲目は「俺でいいのか」で坂本冬美のカバー。吉田旺の作詞、徳久広司の作曲、伊戸のりおの編曲でアルバムの本題に入った。お次は「男の庵」で鳥羽一郎のカバー。そうか、その手を考えたのか! と、プロデューサー兼業の五木の胸中に合点する。このところ世に出た後輩たちの作品のいいとこどりを13曲。ラストにまた自作の「春夏秋冬・夢祭り」を据えたサンドイッチ構成だ。
 3曲目以降の曲目とオリジナル歌手を並べてみる。「満ち潮」(川野夏美)「唇スカーレット」(山内惠介)「雪恋華」(市川由紀乃)「望郷山河」(三山ひろし)「水に咲く花・支笏湖へ」(水森かおり)「アイヤ子守唄」(福田こうへい)「紙の鶴」(丘みどり)「倖せの隠れ場所」(北川大介)「尾曳の渡し」(森山愛子)「純烈のハッピーバースデー」(純烈)「最上の船頭」(氷川きよし)となる。出版社のクレジットはほとんどが2019年、そうなんだ、去年1年のヒットソングと歌手の顔が、さらっと俯瞰できる妙がある。これを続けたら、年度別ヒット曲五木ひろし歌唱盤が出来あがる。こんなの誰も考えなかったなあ。
 選曲は詞本位だったろうか? なかにし礼、吉田旺、いではく、荒木とよひさ、喜多條忠、石原信一、さいとう大三、松井五郎、田久保真見なんて腕利きが並んでいる。いい歌は、いい詞といい曲が力を尽くすものだが、こちらは弦哲也が4曲、水森英夫が3曲、それに杉本眞人、徳久広司、原譲二、幸耕平あたり。いずれにしろ五木好みだろうが、それにしても「演歌っていいね!」と束ねたわりには、定型の3コーラス型は15曲中7曲とほぼ半分。残りは2ハーフタイプの破調で、ドのつく演歌はナシ。この節は演歌も姿形ではくくれなくなっているのがまざまざ。そう言えば愛の表現も多少様変わりして「満ち潮」の及川眠子は「悲しむための愛が終わる」と語り「水に咲く花」の伊藤薫は「いっそ憎んで嫌われて、ひどい別れの方がいい」なんて水森に言わせている。
 おや、頑張ってるね! の麻こよみの「尾曳の渡し」はおなじみの道行きものだが「あなたにすべてを捨てさせて、今さら詫びても遅すぎる」と、ひとひねりして女性が主人公。「最上の船頭」の松岡宏一は、お千16才箱入り娘、弥助ははたちの手代...と時代劇仕立てだが、どうやら女性上位の逃避行だ。
 それやこれやを気ままに選曲して五木の歌唱も、気分よさそうに気ままに聞こえるが、そこがこの人のしぶといところ。よく聞けば曲ごとに彼ならではの技術が動員されている。女性が主人公の作品は、歌の口調が女性のものではじまりサビあたり、メロディーに乗って歌をあおって行く部分では、芯に男気がちらりとする。望郷ものなら歌がたっぷりめになるし、嘆き唄だと地声と裏表のさかい目あたり、自在の声のあやつり方で哀切感をにじませた。リズミカルに弾む作品は、無心に弾んでみせて、五木らしさは薄めにする。恐らくは、後輩たちの各曲を聞いて「俺ならこう歌う」と歌を組み立てなおした五木流、そのうえで〝どや顔〟を見せないところが、年の功か? いずれにしろこの人に「近ごろ丸くなったものだ」の側面を見る気がする。
 おや! を、もうひとつ追加すれば、五木オリジナルの2曲を除く13曲中5曲が鳥羽一郎、川野夏美、三山ひろし、北川大介、純烈の順で日本クラウンの作品。それぞれキャラクターが立っていて「いい仕事してるねえ」と制作者の肩を叩きたくなる。新着アルバム1枚にも、いろんなことが見えて楽しいものだ。
 夕刻、友人からざらざら声で、
 「俺たちは年配者、テレビは命の危険な暑さを連呼するけど、さて、コロナで逝くのか、熱中症で逝くのか、どっちにしたもんだ?」
 と酔ってもいない電話が冗談とも本音ともつかない夏の8月、そう言やお互い7回目の年男だ...と応じながら、五木の気持ちの若さがうらやましくなる。彼は確か6回目の年男のはずだ。
週刊ミュージック・リポート