新歩道橋

2011年5月20日更新


新歩道橋772回

  「またつかまりにくくなったぞ。もしかして、芝居のけいこか?」 友人が電話の向こうでうんざりした声を出す。図星なのだ。今度は6月に名古屋の御園座でやる「恋文・星野哲郎物語」(2日~9日、13公演)に出る。星野の「妻への詫び状」を原作に、岡本さとるが脚本を書き、菅原道則が演出…と伝えると・・・

新歩道橋771回

  「レコーディングの翌日に、胡蝶蘭が届いた。それが去年も咲いて、今年も咲いた。花を見る度にじんじん来るのよね」 喜多條忠が感慨深げな顔になる。花の送り主は三木たかし、レコーディングした曲は彼の最晩年の傑作「凍て鶴」で、歌ったのは五木ひろし。3年前の2008年のことだ。三木もいい仕事が出・・・

新歩道橋770回

   近ごろはどこで誰に会っても、大震災の話になる。原発事故の放射能の恐怖は、際限もなく続き、国中に憂色が濃い。歌手の花京院しのぶは父方のおじ一家5人を失った。福島原発へ車で15分ほどの鹿島鳥崎浜、避難指示が出ている地域で、遺体も収容できないままだと言う。作曲家榊薫人の兄姉妹5人は、宮城・・・

新歩道橋769回

 「あなたじゃ、あなたじゃ、あなたじゃわいなあ」と、芸者小染の吉野悦世が取りすがる。すがられる葛西屋儀兵衛が僕。こう書くとちょっとした二枚目ふうだが、老新米役者にそんな役が恵まれるわけがない。場所は茶店、床几にかけて茶をすすっていた僕は「あなたじゃ」の2回目あたりでギョッとして立ち上がり・・・

新歩道橋768回

 千里を走る虎よりも、一里を登る牛になれ… 島津亜矢の歌声は、「出世坂」の幕あけから圧倒的だった。3月30日昼の明治座。「挑戦」と名付けた今年のコンサートは、歌手生活25周年の節目のイベントでもある。彼女が喪章をつけているのは、東日本大震災で亡くなった人々に哀悼の意を表してのこと。 《声・・・

新歩道橋767回

 「遣らずの雨」の2コーラスめ、楽屋の床がグラッと揺れた。「地震か!」と立ち上がったところへ、ガツンと縦揺れが来たが、舞台の川中美幸の歌声はまだ続く。ザ・ロータスの演奏もそれに和している。3月11日午後2時46分、マグニチュード9・0の東日本大震災が突発した瞬間だ。場所は明治座。川中の3・・・

新歩道橋766回

 「おじさん!」 ひたと僕を見上げた川中美幸の眼から、はらはらと涙がこぼれ落ちた。 《うッ!》 と胸を衝かれた僕は、そこで我れを失いかける。懸命に芝居をやっているつもりが、一瞬、素の自分に戻ってしまうのだ。 《泣くのか! そこまであんたは、大浦屋のお慶になり切っているのか。う~ん、それに・・・

新歩道橋765回

  右手で右へ襖をあけてズイと入る。豪商小曽根六左衛門の邸の離れ。 「やあお慶さん、よう来たな…」 後ろ手で襖をしめながら、ヒロイン川中美幸に声をかける。明治座3月公演「天空の夢・長崎お慶物語」の一幕四場の僕の仕事はそこが始まり。 「ごぶさたをしまして…」 と、艶然の川中、 「相変わらず・・・

新歩道橋764回

  2月23日、劇作家小幡欣治氏の通夜に出かけた。東京はこの夜、急に気温が上がって妙に暖かかったが、桐ヶ谷斎場に集まった人々は、みな引き締まった表情を並べた。ことにスタッフとして立ち働く東宝現代劇七十五人の会の面々は、言葉少なに弔問者を誘導するなど、僕が知っている彼や彼女たちとは、まるで・・・

新歩道橋763回

 祭壇の前に立った老人は、ぴんと背筋を伸ばして手ぶらだった。星野哲郎への弔辞を述べるのだが、奉書もメモも持っていない。 《大丈夫かなあ…》 と、僕はあらぬ心配をする。彼に先立っての弔辞は二井関成山口県知事と柳居俊学山口県議会副議長。二人とも用意した書状を読み上げていた。2月13日の日曜日・・・